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稲荷山古墳 / 総社町12号古墳  [古墳]


 ネット上で稲荷山古墳、上毛古墳総覧 総社町12号古墳を検索すると、前橋市問屋町 丁間稲荷大明神を全てが指しているが、奈良文化財研究所 全国遺跡報告総覧に稲荷山古墳調査報告書が保存されており、内容は丁間稲荷大明神の場所と異なる場所になっています。2015年12月15日記載の「稲荷山古墳 /総社町12号古墳」は正確でないと思い訂正します。丁間稲荷大明神の場所はマッピングぐんまでは何の指定もありませんが、一応”丁間稲荷古墳”として置き今後文献等を探し、訂正します。

 

   稲荷山古墳/総社町12号古墳(上毛古墳総覧)



名称 稲荷山古墳/総社町12号古墳

史跡指定 なし

所在地

古墳群

築造年代

墳形 円墳上毛古墳綜覧

大きさ 軸長110上毛古墳綜覧

葺石

埴輪の配列

周溝

埋葬施設

石棺

副葬品

備考

 

 


稲荷山古墳(前橋市教育委員会 前橋市埋蔵文化財発掘調査団 1988年)調査報告書より


名称 稲荷山古墳

史跡指定 なし

所在地 前橋市総社町総社

古墳群 総社古墳群

築造年代 67世紀初頭

墳形 円墳

大きさ 下表

葺石 あり

埴輪の配列 石室前庭部と石室の北側に限定的に樹立した可能性が強い

周溝

埋葬施設 両袖型横穴式石室

茸石及び裏込石と石室の根石を構築

石棺

副葬品等 盗掘を受けていたが、大正3年鉄器、石室内からガラスビンの破片、陶器片が出土

埴輪は円筒埴輪の一部、人物埴輪の破片、馬の埴輪の破片等

玄室内から鉄4点、両頭座金付留金具2点

義道部から鉸具4点、大刀、小刀

備考

 昭和49年発行群馬県遺跡台帳Ⅰ(東毛編)では、「墳丘は大部分破壊され横穴式石室の石材も一部露出している。頂上部には穂積稲荷が祀られ周囲にほ庚申塔が30基ほど見られる。」と報告されている。

 調査開始時には、天井石が露出し石室の破壊が著しいことを伺わせた。

大正3年に掘った時、錆びた鉄が束になって出土したのを確認し、穂積家にもその時掘り出されたと思われる太刀が昭和40年代の火災で不明に。

 

石室の規模


 


単位 cm


唐尺30cm


高麗尺35.0cm


墳丘



基壇



残存全長 南北


3,3003,120


110104


94.2889.14


   〃  東西


2,1401,850


71.361.6


61.1452.85


   〃  高さ


330


11


9.43


封土



直径


1960


65.3


56


高さ


250


8.3


7.14


主軸方向


N-9° -E


 

 


石室



全長




748


24.93


21.37



740


24.6


21.14


玄室



長さ



432


14.4


12.34



442


14.73


12.63




223


7.43


6.37



181


6.03


5.17


奥壁高



160


5.3


4.57



85


2.83


2.43


羨道



長さ



315


10.5


9



285


9.5


8.14




95


3.16


2.71



80


2.6


2.29


葺石勾配



北東


55°


 


 


南東


53°


 

 

唐尺使用が推定される。

 

構築時期について

 埴輪の消滅時期は67世紀初頭と思われ、7紀初頭には有力豪族による氏寺の建立が始まり、財力は仏寺建立に転化し、埴輪祭祀あるいは前方後円墳の消滅のひとつの要因であろうと考えられる。

 基壇直下に榛名山ニッ岳形成時に噴出された降下火山灰層(火山灰層が形成されたのは6世紀前半頃)が存在する。

 石室裏込石の中に角閃石安山岩にツ岳降下軽石(噴出が6世紀後半頃)が存在し、河原石のように摩耗している。

 石室南東部出土の杯は口繚部中位に段を持つ事から6世紀第3四半期と考えられる。

などから、当古墳ほ埴輪の消滅する直前の古墳と言えるであろう。 

 

稲荷山古墳.jpg 

 
稲荷山古墳跡_001.jpg稲荷山古墳跡_002.jpg
    奥の住宅地辺りに稲荷山古墳 / 総社町12号古墳 があったと思われる。
 


 



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総社古墳群と山王廃寺跡 [古墳]

 群馬県には多くの古墳が現在でも残されていて、優れた内容のものが多く、古墳とその周辺から出土した遺物などが国、県などから史跡、文化財に指定されているものも多数見られる。このことから、古代東国文化の中心地域であるように言われる。
 群馬県下の古墳は昭和10年に群馬県下一斉古墳調査報告書である上毛古墳総覧では、8423基が記載されている。また、昭和36年ころの県教育委員会の調査では665か所(古墳群を1か所と数えた)でした。この間に多くの古墳が消滅し、残されたものも墳丘を削り取られるなど、構築当時の型が維持されているものはごく少数でした。
 群馬県における古墳の出現は、4世紀後半から末頃に渡良瀬川下流域、矢場川流域、蛇川流域、粕川流域、広瀬川流域、井野川流域、烏川中下流域、神流川流域、鏑川流域などの地域に見られるものが最初です。これらの地域に勢力を伸ばし、小地域圏を確立した首長の成長が、これらの地域にあったと思われる。しかし、弥生時代から村落社会が発展したと思われる西毛地区では、円墳が最初に出現、ところが、弥生時代にはほとんど未開の地だったと思われる前橋市南部から太田市にかけての平野地域とでは、天神山古墳(前橋市)、将軍塚古墳(高崎市)、軍配山古墳(玉村町)、頼母子古墳(太田市)、八幡山古墳(太田市)、などの前方後円墳、前方後方墳、大規模な円墳として出現している。

 竪穴式の埋葬主体部の古墳は6世紀中葉頃を境に、横穴式石室が採用されることになった。王山古墳、前二子古墳、正円寺古墳(前橋市)、簗瀬二子塚古墳(安中市)など、赤城山南面地域から西毛地域に分布するそれらは、その初期の構築とされる。

 7世紀における古墳の造営は6世紀代より広い階層が営む群集墳が発展し、家族墓としての性格が強くなり、山間部にも古墳が広がった。現在残されている古墳の多くはこれらの古墳と思われる。また、古墳分では、地域圏の独自性を示すような大規模な古墳は総社古墳群の他には見られない、墳丘は小型化するが精巧な載石切組積の横穴式石室の古墳が群集墓との違う様相で各地に出現した。大化の改新後の中央集権型国家が成立に伴い、古墳の造営は権力の象徴としての性格を失った。その後、7世紀後半になると、多くの豪族は氏寺として寺院建築を行うのである。そんななか、各地に世襲的に勢力を保った豪族たちは、律令制政治制度の中で、地方官僚として力を維持したものと思われる。7世紀前半から8世紀初頭の総社古墳群中の愛宕山古墳、宝塔山古墳、蛇穴山古墳などは、他の地域名は無い充実した規模と内容で造営されている。つまり、上毛野国で最も勢力を保持した豪族たちが構築した古墳と思われ、総社古墳群の西にある7世紀後半に創建された県内最古の寺院の一つである山王廃寺はその勢力を保持した豪族の氏寺の一つだったのだろう。
 
山王廃寺01.jpg
    山王廃寺跡(市指定史跡) 現在は日枝神社
 
石製鴟尾 .jpg
    石製鴟尾 国認定重要美術品 
 
上野国山王廃寺塔心柱根巻石.jpg
     上野国山王廃寺塔心柱根巻石 国指定重要文化財 
 
搭中心礎石.jpg
    搭中心礎石
 
 山王廃寺 伽藍復元想定図.jpg
    山王廃寺 伽藍復元想定図 (金堂と搭は確認されたもの)
 
 山王廃寺00.jpg山王廃寺99.jpg山王廃寺98.jpg
 
 
 

 
 

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一本木塚古墳  / 総社町第13号 [古墳]

名称 一本木塚古墳  / 総社町第13号(上毛古墳総覧)
史跡指定 なし  
所在地 前橋市総社町桜が丘  
古墳群 総社古墳群  
築造年代 不明  
墳形 円墳  
大きさ 大きさ77尺(約23.3m)、高さ7尺(約2.1m)
葺石 不明  
埴輪の配列 不明  
周溝 不明  
埋葬施設 不明  
石棺 不明  
副葬品等 不明  

 

一本木稲荷神社 総社町桜が丘_003.jpg

    北より

 

一本木稲荷神社 総社町桜が丘_002.jpg

    東より

 

一本木稲荷神社 総社町桜が丘_038.jpg

    南より 墳丘らしいものは見当たらない。東の利根川の氾濫で消滅したのかもしれない。

一本木稲荷神社 総社町桜が丘_006.jpg

    一本木稲荷神社社殿が50~60cmの段上に建てられている。

一本木稲荷神社 総社町桜が丘_007.jpg

一本木稲荷神社 総社町桜が丘_037.jpg

一本木稲荷神社 総社町桜が丘_009.jpg

一本木稲荷神社 総社町桜が丘_020.jpg

    一本木稲荷神社の名前の由来を思わせる榎の大木が残されている。 

一本木稲荷神社 総社町桜が丘_023.jpg一本木稲荷神社 総社町桜が丘_025.jpg一本木稲荷神社 総社町桜が丘_030.jpg

    本殿の彫刻は明和7年の創建当時のものなのか、立派なものです。 


 

戦場が見える島・沖縄 —50年間の取材から

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大神宮様古墳  総社町第14号墳 [古墳]

名称 大神宮様古墳  / 総社町第14号墳(上毛古墳総覧)
史跡指定    
所在地 前橋市桜が丘  
古墳群 総社古墳群  
築造年代    
     
墳形 円墳  
大きさ 大きさ110尺(約33.3m)、高さ16尺(約4.8m)
葺石    
埴輪の配列    
周溝    
埋葬施設    
石棺    
副葬品等    

総社町桜が丘_001.jpg

    東から  伊非丹大神が鎮座する

総社町桜が丘_004.jpg

    南西より

総社町桜が丘_003.jpg

 


 
 

戦場が見える島・沖縄 —50年間の取材から

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丁間稲荷古墳 [古墳]

名称 丁間稲荷古墳
史跡指定    
所在地 前橋市問屋町  
古墳群 総社古墳群  
築造年代 横穴式石室が古墳時代中期以降に埋葬施設として使い始められた。
  以上から古墳時代中期から後期の間の築造と推測
墳形 円墳  
大きさ 大きさ51尺(約15.4m)、高さ8尺(約2.4m)
葺石 河原石  
埴輪の配列 あり  
周溝 楯形周濠  
埋葬施設 後円部中央 に横穴式石室  
石棺    
副葬品等 円筒埴輪、人物埴輪、馬形埴輪の破片
  大刀、弓金具、刀子、鐙金具、素環状鏡板付轡、土師器、須恵器など
発掘調査が1974年、1987年に調査行われています。
墳頂部には正一位丁間稲荷大明神が鎮座し、平安末期から鎌倉時代初期に造らたとされる、市指定文化財の笠薬師塔婆が置かれている。

 


丁間稲荷_00025.jpg
 

丁間稲荷_00003.jpg

丁間稲荷_00010.jpg丁間稲荷_00013.jpg 

    こちらの笠塔婆は市指定重要文化財です。

丁間稲荷_00006.jpg

 


 

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薬師塚古墳 総社町15号墳 [古墳]

名称 薬師塚古墳 総社町15号墳 (上毛古墳総覧)
史跡指定    
所在地 前橋市総社町植野  
古墳群 総社古墳群  
築造年代 6世紀代前半期  
墳形 円墳   
大きさ 径:71尺(21.5m),高さ:8尺(2.4m) (上毛古墳総覧)
葺石    
埴輪の配列    
周溝    
埋葬施設 横穴式石室  南側に開口 角安石
石棺    
副葬品等 1970年代に人骨や鉄製品の断片が出土 したらしい

 薬師塚古墳(北)402.jpg

    北から

 

薬師塚古墳_005.jpg

    東から

 

薬師塚古墳5478.jpg

    南東から 左下の大きい石のあたりに、石室が開口していたらしい。

 

薬師塚古墳2404.jpg

    北西部

 


 
 
 

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大小路山古墳  総社7号墳 [古墳]

名称 大小路山古墳  総社7号墳(上毛古墳総覧)  大庚申山古墳
史跡指定      
所在地 前橋市総社町    
古墳群 総社古墳群    
築造年代 不足    
墳形 円墳    
大きさ 大きさ53尺(約16.1m)、高さ7尺(約2.1m) 毛古墳綜覧  
葺石 河原石    
埴輪の配列 あり    
周溝 楯形    
埋葬施設 竪穴式石室 円部中央  
石棺      
副葬品等 円筒埴輪、朝顔形埴輪    
       
墳丘上に熊谷稲荷神社      
墳丘は破壊を受けているが、墳丘の一部が残存    

大小路山古墳96_stitch.jpg

    西方向より

 

大小路山古墳100_cr.jpg

    南東方向より

総社熊谷神社P2.jpg

    墳頂部

熊谷稲荷神社.jpg

 


 

戦場が見える島・沖縄 —50年間の取材から

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遠見山古墳 総社町6号墳 市指定史跡 [古墳]


名称 遠見山古墳 総社町6号墳(上毛古墳総覧)  
史跡指定 市指定史跡    
所在地 前橋市総社町     
古墳群 総社古墳群    
築造年代 6世紀初頭(古墳時代中期)  総社古墳群内で最初の築造  
墳形 前方後円墳    
大きさ 全長80m    
  前方部 幅48m、高さ5.5m  
  後円部 径41m、高さ5m  
       
葺石 河原石    
周溝 楯形 、10~20m幅    
埋葬施設 後円部中央に竪穴式石室    
石棺      
副葬品等 円筒埴輪、器材埴輪    
  墳丘には埴輪の配列がなされていた  
江戸時代の慶長9年(1604)に総社城二の丸の物見櫓が建てらたことが「遠見山」という古墳名の由来
総社城は慶長6年(1601年) 秋元長朝によって築かれた。寛永10年(1633年)、当時の城主秋元泰朝が甲州谷村城へ転封され、総社城は廃城となる。本丸は利根川の氾濫により崩壊 。 

 
遠見山古墳前方部1.jpg
    南より前方部
 
遠見山古墳ps2.jpg
    北より後円部
 
遠見山古墳18.jpg
    史跡愛存会による説明板
 
遠見山古墳南より.jpg
    遠見山古墳の背後には赤城山
 
 
 





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王山古墳 総社町1号墳 市指定史跡  [古墳]


名称 王山古墳 総社町1号墳(上毛古墳総覧) おうやまこふん
史跡指定 市指定史跡    
所在地 前橋市大渡町 1丁目6    
古墳群 総社古墳群    
築造年代 6世紀代前半 総社古墳群の中では最も初期に築かれた
墳形 前方後円墳 3段築成  
大きさ 全長 約75.6m  
  前方部 幅63.1m 、  
  後円部 幅50m 、高さ3.3m  
  くびれ部 幅32m 中段後円形32m
葺石 墳丘は川原石で覆われ、後円部の基段上の墳丘は中核から全て川原石で構成。
周溝 盾型 全長104m、前方幅96m、  
埋葬施設 両袖型横穴式石室、後円部に 東南東方向に開口  
  石室:全長16.4m    
  玄室長:4.4m    
  羨道部長:12m    
  石室の規模は県内古墳では最大規模  
石棺      
副葬品等 墳丘からは円筒埴輪、太刀、盾等の形象・器材埴輪など  
  石室は盗掘を受け、歯2本、鍍金辻金具の破片数個見っかった
  玉類,金銅製帯金具破片、須恵器破片も発掘  
       
構築当初円墳として造られたが、前方部を取り付けて前方後円墳に改装したものと推定  
墳頂には横穴式石室の位置を示す石が並べられている  
墳丘を築いた(積石塚)の葺き石の様子を再現した施設が2箇所設けられている  
1974(昭和49)年に尾崎喜左雄らによって発掘された。現在は王山公園として保存  

王山古墳P2.jpg
    後円部
 
王山古墳2_021.jpg
     前方部
 
王山古墳02.jpg
    後円部から前方部を見る
 
王山古墳2_002.jpg
     墳頂部の横穴式石室の位置を示す並べられた石
 
王山古墳2_015.jpg
    石室に用いられたらしい巨石と墳丘の葺石様子が観察できる窓
 
王山古墳2_010.jpg
    葺石
 
王山古墳21.jpg
    説明板
 

戦場が見える島・沖縄 —50年間の取材から

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タグ:史跡 古墳
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愛宕山古墳/総社町10号墳  [古墳]

愛宕山古墳

 
愛宕山古墳14p1.jpg  南より
 

名称 愛宕山古墳/総社町10号墳(上毛古墳総覧)

史跡指定 なし

所在地 前橋市総社町総社1763

古墳群 総社古墳群

築造年代 7世紀前半

墳形 方墳 墳丘は2

大きさ 1辺約56m、高さ約8.5m

葺石 あり

埴輪の配列

周溝 幅約18m

埋葬施設 両袖型横穴式石室
  南東方向に開口し、自然石の巨石の積み上げ

玄室長7m、幅3m、高さ15

石棺 家形石棺(凝灰岩製の刳抜式)が安置されている。

寸法:蓋を含め高さ1.5m、長辺2.2m、短辺1.2

家形石棺の使用は、県内では当古墳と宝塔山古墳の2例だけ

副葬品 見つかっていない

備考 
 
総社愛宕山古墳95.jpg  北より
 
石室_00001.jpg
    羨門
 
石室_00010.jpg
    石室内部
 
石室_00008.jpg
    家型石棺 半円形の穴は盗掘の跡
 
石室_00022.jpg
    石室より羨道部
 
 

 
 

戦場が見える島・沖縄 —50年間の取材から

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